鈴木のブログ

読書メモとして。

木下誠也「公共調達解体新書」

 

 本書では、我が国の公共調達制度の歴史が概観されている。以下簡単にまとめておく。

 

 我が国の公共調達制度の出発点ともいえる明治会計法は、1889年に公布、1890年に施行された。

 明治会計法は、私利非行による価格のつり上げを防止する観点から、西洋諸国のうち特にフランスとイタリアにならい公開による入札を原則とし、厳格な予定価格の制限を設けた。こうした一般競争入札の原則は、それまでの慣行を覆す政策上の大転換であったが、一般競争入札は事務が煩雑で、社会的混乱もあったこともあり、政府は特例として随意契約の範囲の拡大を徐々に行っていった。

 

 1921年に公布された大正会計法では、一般競争入札の例外として指名競争入札随意契約が明記されるとともに、随意契約の範囲が拡張された。以後、実際においてはほとんどの公共工事指名競争入札が採用されることとなる。

 

 戦後、日本国憲法の制定に伴い大正会計法も全面改正され、1947年に「会計法」「予算決算及び会計令」が制定された。会計法はその後、1961年に「低入札価格調査制度」を位置付けるなどの改正がなされたほかは特筆すべき改正はなく、1993年頃までは公共工事の入札方式のほとんどは指名競争入札となり、一般競争入札が行われることはほとんどなかった。

 

 一方、地方公共団体については、戦前は明治31年の市制及町村制の改正により、入札契約に関する規定が定められていたが、1947年に地方自治法が公布され、地方自治法の契約条項は会計法及び予決令に準拠して作成された。

 1961年の会計法改正を受け、1963年(昭和38年)に地方自治法施行令が改正され、会計法に規定した条文と同様の条文が加えられたほか、最低制限価格を設けることができることとされた。

 

 ただ、昭和30年代の会計法地方自治法等の改正後も、実際には指名競争入札による発注が多かったため、低入札価格調査制度が活用されることは多くなかったようである。

  

 その後、1993年からの公共工事をめぐる不祥事件を契機として、一般競争入札の導入など入札契約制度の抜本的改革が打ち出されると、指名競争入札により担保していた公共工事の「品質」の確保が重要な課題として認識されるようになり、1999年の地方自治法施行令改正による総合評価落札方式の導入などにつながっていく。

 

 本書は上記のような契約制度の歴史のほかにも、諸外国との比較からみる日本の入札契約制度等についても触れられており、非常に勉強になる。

 

 

 なお、本書を読んで思った疑問として、「なぜ国は最低制限価格制度を規定しなかったのに、地方公共団体については最低制限価格制度を規定したのか」という点がある。本書にはその解答は書かれていないようである。

 そもそも昭和38年の地方自治法改正は、「財務に関する地方公共団体の組織及び運営の合理化を図ることにより、地方公共団体における行政の能率と公正を確保すること」を目的として、財務規定を中心に大幅な改正を行ったものである。(なお、この改正は地方財務会計制度調査会の答申をもとに行ったもののようだが、その答申はネット上には見当たらなかった。)

 ※「地方自治法の一部を改正する法律(地方開発事業団関係を除く。)の施行について」(昭和38年自治事務次官通知)http://www.gichokai.gr.jp/keika_gaiyo/pdf/s38_sikou.pdf

 ※荻田保「地方財務会計制度の改正」(年報行政研究)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspa1962/1964/3/1964_3/_pdf

 

 ただし、最低制限価格制度の規定は地方自治法施行令にあるためか、上記の法改正関係の資料には最低制限価格についての記載は見られない。

 国会会議録には以下のような答弁があった。

 ○説明員(中島忠能君※自治省行政局行政課長) 地方自治法に最低制限価格制度を設けましたというのは、先生御存じのように三十八年に地方自治法の大改正を行いまして、そのときに地方公共団体の実態を調べましたところが、それぞれの地方団体が条例等で最低制限価格制度を主として工事の請負契約について設けておりましたので、私たちの方では施行令で設けたという経過でございまして、皇居の例の間組の一円入札ですか――一円か千円か忘れましたが、直接それに関連してわれわれの方が制度化したというふうには御理解いただかない方がいいんじゃないかと思います。(昭和57年7月6日参議院地方行政委員会)

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/096/1050/09607061050014.pdf

 ○大林政府委員(※自治省行政局長) 制度の趣旨から申しますと、最低制限価格制度あるいは国でやっております低価格調査制度というものは、それなりの事情があってできたものでありますが、問題はその運用の仕方でありまして、結局、最近、最低制限価格制度にまつわる問題点としましては、最低制限価格の決め方の問題、これが一番大きな問題として当面の問題になっておるわけであります。したがいまして、そういった最低制限価格を採用した場合の価格の決め方、あるいはもう一つの方法としまして低価格調査制度、こういったものをどう組み合わせて採用するかという問題は、その地方におきます契約担当者の能力との関連もございます。
 国の場合におきましてはそういった審査システムというものがわりあい充実しておりますので、最低制限価格制度というものを採用するまでもない、こういうふうな事情がありますけれども、地方団体の場合にはいろいろな規模に応じまして事情は違いますけれども、なかなか国並みの価格審査能力、体制というものが整っていないのが現状であります。
 そういうことを前提としまして最低制限価格制度をとっておるのが大部分を占めるわけでありますが、問題は、その価格の決め方、この運用の仕方、これが結局、先ほど申し上げましたように、契約の入札のあり方あるいは相手方の能力、資質、こういったものと関連をいたしますので、一般的に一律に何%程度の最低価格というものが適当であるかどうかという問題になりますと、一律な指導というものは困難であろう、こういうお答えをいたしておるわけであります。(昭和58年4月26日衆議院地方行政委員会)

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/098/0050/09804260050009.pdf

 これらの答弁からは、地方公共団体では国に先行して条例で最低制限価格制度を導入している事例があったこと、国と比較して価格審査能力・体制に劣るために地方公共団体では最低制限価格制度が利用されていたことが推察される。