鈴木のブログ

読書メモとして。

曽我謙悟「日本の地方政府ー1700自治体の実態と課題」

 
 新書という限られた分量の中で、複雑な「日本の地方政府」を非常に幅広い視野で語ることができている、タイトルに見合うだけの書籍であると感じた。
 
 「日本の地方政府」という幅広なタイトルだが、これは大森彌・佐藤誠三郎編の「日本の地方政府」(1986年発行)を意識しているのだろうか。
 
 大森・佐藤版の「日本の地方政府」では、戦後日本の地方自治の議論が、統治構造における中央地方関係の在り方をどのように認識しているかを基礎としていることを踏まえ、「政府間関係」の視点を導入するとともに、「地方政府」の内部構造に組み込まれている対立・緊張の契機を認識するため、「日本の地方政府」というタイトルにしたとされている。
 その中におさめられている高木の「戦後体制の形成」は、戦後の地方制度がどのようにして成立するに至ったか、占領初期→シャウプ勧告→講和後のそれぞれの改革について述べたものである。また、天川の「変革の構想」では、中央政府と地方団体の関係を「集権・分権」の軸と「分離・融合」の軸でとらえている。その他、地方政府の財政支出の在り方とその地域の政治的特性および社会経済的特性との関連を解明しようとした「政治指標と財政支出」、自治政を市長・議会・住民・職員組合の四極構造ととらえ、革新自治体の後退との関係を論じた「四極構造による政治化」等の論稿がまとめられている。
 最後に収録されている村松の「政府間関係と政治体制」では、多元主義の立場から、知事の面接データをもとに、中央地方関係が垂直的統制モデルが示すよりはるかに複雑な政治過程であると主張している。村松によれば、「日本の行政学政治学では…日本の中央地方関係を中央集権的であるととらえ、その認識の上に立って日本の地方自治を充実しようという規範的立場が有力」であり、「その立場から地方は自主的な決定を行う『地方政府』であるべきだとの主張が出された」とされている。しかし、村松にとってみれば「『地方政府』はすでに事実の問題」である。
 本の帯には「地方政治の現実を実証的に解明する!異色の顔ぶれによる画期的研究」とあり、いまから見ると「日本の地方政府」という幅広なタイトルの割りにやや政治面に寄りすぎている気がしなくもないが、村松論文で述べられたような当時の学問状況を踏まえれば必要なことだったのかもしれない。
 
 一方の曽我版「日本の地方政府」は、地方政治の構造や地方政府間の関係、中央政府との関係について触れながら、行政と住民、地域社会と経済といった視点にも触れられている。特に地方政府の人事管理やトップ・マネジメント、民間参入による地方政府のプラットフォーム化等、行政組織についての記述に一章を割いているのは、大森・佐藤版と比べたときの大きな違いのように思う。
 その上で、曽我版では日本の地方政府の大きな課題として、「歳入の自治がない」ことを投げかける。「どれだけの負担を背負ってどれだけのサービスを受けるのかをセットで考えることが、民主主義の基本である。そのためには、困難な決定ができるような地方政治をつくっていく、制度整備が先である。」「地方自治は民主主義の学校というが、それならば、私たちはまだ学校に入学していない」という指摘は心に重く残る。
 
 大森・佐藤版は、「日本の地方自治を充実しようという規範的立場が有力」だった時代に、日本の中央地方関係に新たな視点を導入する、という問題意識から書かれている。「レヴァイアサン」の創刊が1987年であり、大森・佐藤版の発行が1986年。村松はレヴァイアサンの創設メンバーの一人でもあるから、そうした流れと問題意識を共有していたのだろうか。
 一方、曽我版は2019年に発行されているが、前年2018年にはレヴァイアサンの紙媒体での発行が終了している。曽我版「日本の地方政府」は、日本の地方政府の新たな規範を作り上げていくため、そのきっかけになるものかもしれない。